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馬鹿のこと

底辺の人。学がない。職能もない。そんな人間の言葉は、WEBの「邪魔な情報」か。誰の目にも止まらなければ、荒らしにはならないのか

文章が書けない、よくあるはなし、よくあるはなし

 文章の書き方を忘れていく。時間がない。気持ちが晴れない。文章を書くことが、大切なことだと思えなくなる。よりいっそう、文章が下手になっていく。

 時間がない。端的に言って、自由に過ごせる時間が減った。学生の身分であれば、好きな時に好きなことが出来た。私は馬鹿なので、今までの人生、試験のための勉強をしてきた経験はあまりなかった。たいていの場合、自己の好奇心を満たすためだけに学業を修めてきた。つまり、これまでの修学は、単なる趣味の時間と等しかった。けれども、自由の時間がすべてとはいかなくなった現在は、あくまで限られた時間の中で、趣味の時間を確保しなければならないのだ。これまでと違って時間のやりくりというものが重要になるのだから、多少の無理が必要になるのは、当然だ。

 しかしながら、最近は実生活でいろいろな出来事が起こっていて、心身にプレッシャーがかかり、気持ちが晴れない。そのせいか(わからないが)、無理をしてでも読み書きをしよう、という気持ちが萎えている。集中が続かない。本を読んでも目が滑るし、文字を書いても文章にならない。頭がぐるぐるしているので、アウトプットができない。物事に対する興味関心が、どんどん薄れていっている。言葉に対する興味関心も同様に。

 文章を書くことは、私にとって大切なことであるのだと、思えなくなってきている。今までの人生、美しい文章(シンプルな文章)を読むこと・自分にとってわかりやすい文章(十分ではないが、自分にとってシンプルな文章)を書くことは、私にとって大切なことだったのだ。シンプルな読み書きは、理解が容易だ。容易な理解は、心に安らぎを与える。容易な理解、すべてがぴったりと、違和感がない。明快さ、美しさがある。不思議な達成感を得られる。私にとって、心の安らぎだった。なくなってしまうのだろうか。

 時間のなさが、そのまま心の余裕のなさに繋がっているような気がして、そうして、これまで大事にしていたもの・きれいなものも失ってしまいそうな、気がしているのかもしれない。よりいっそう下手な文章になる、きれいなものも見えなくなる。文章が書けない。書き方を忘れてしまった。元気がでない。からっぽだからだ。からっぽだからだ。